田村薬品工業株式会社

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2023.06.26

【第4回】世界保健機関のカンナビジオール批判的審査報告書

CBD

カンナビジオールはさまざまな可能性を有するとても魅力的な化合物です。このコラムでは、カンナビジオールの特徴、取り巻く環境、安全性、有用性などについて、科学的な視点から解説し、この化合物に対する理解を深めていただきたいと考えています。また、規制当局の動向や世界保健機関の「カンナビジオール批判的審査報告書」など、さまざまな情報をおりまぜてご紹介いたします。

 

はじめに

今回から、2018年に発行された世界保健機関(WHO)のカンナビジオール(CBD)批判的審査報告書[1]の内容を中心に紹介します。本コラムでは、報告書発行の経緯とその後のCBDの国際薬物統制の流れ、ならびに報告書の概要と問題点について解説します。

 

WHOのCBD批判的審査報告書とは

CBD批判的審査報告書は、大麻草の健康への影響を見直す一環として、CBDの乱用性、依存性、有用性などを評価するために、WHO事務局が作成した文書です。2018年のWHOの第40会期依存性薬物専門家委員会(ECDD)に提出され、CBDの国際薬物統制上の取扱いについて批判的審査注1)が実施されました。本報告書は、CBDの化学、一般的な薬理学、毒性学、依存・乱用、医療への応用など、全19章から構成されています。生合成経路、一般薬理学及び毒性学については、精神作用を有するテトラヒドロカンナビノール(THC)との相違点も詳細に記載されています。本報告書は、国際的に権威のあるCBD関連文書とされています。

注1)批判的審査:WHOの「国際統制のための精神作用物質のWHO審査ガイドライン」に記載されている審査方法の一つ。科学的根拠に基づいたプロセスで精神作用物質を評価するため、本ガイドラインの審査は、事前審査と批判的審査で構成されている。事前審査は第1段階であり、物質が次の段階の批判的審査に進むために十分な確固たる科学的情報があるかどうかが判定される。批判的審査では、当該物質を国際的な規制下に置くこと又は規制のレベルを変更することを勧告するよう事務局長に助言すべきかどうかが検討される。なお、CBDそのものは国際薬物統制条約のスケジュールには特に記載されていないが、エキス及びチンキとして調合された場合は、1961年の麻薬単一条約のスケジュールⅠ「乱用のおそれがあり、悪影響を及ぼす物質」で管理されている。

 

CBD批判的審査報告書発行の経緯

2009年の国連麻薬委員会(CND)において、アゼルバイジャンと日本が共同提案して採択された「不正目的のための大麻種子の使用に関する調査」に基づいたCND決議52/5[2]は、大麻草の健康への影響が最近見直されていないことを指摘し、WHO/ECDDに対して最新の報告書を提出するように要請しました。

これを受けて、2016年のWHO第38会期ECDDでは次のことが認識されました。

  • 医療目的での大麻及びその成分の使用量が増加したこと。
  • 治療用の新しい大麻関連の医薬品が出現したこと。
  • 大麻はこれまでECDDによる正式な事前審査や批判的審査を受けたことがないこと。

これらに基づいてECDDは、その後の委員会でCBDを含む大麻関連物質について事前審査することを勧告し、CBDの審査手続きのプロセスに入りました[3]。

2017年の第39会期ECDDにおいて、提出された事前審査報告書[4]に基づいて事前審査が実施され、第40会期ECDDで批判的審査の対象とするよう勧告されました[5]。その後、2018年の大麻及び大麻関連物質のみに焦点をあてた第40会期ECDDに提出された文書がCBD批判的審査報告書であり、これに基づいて批判的審査が実施されました。

 

CBDに係るWHOの勧告

CBDの批判的審査に基づき、2018年6月にWHOから速報版として国連事務総長へ送付されたレターにおいて、「純粋なCBDであると考えられる製剤は、国際薬物統制条約の範囲内でスケジュールにすべきではない」ことが示されました。公式には、第40会期ECDD報告書[6]にこの勧告が収載されています。純粋なCBD、つまりCBDという物質そのものの依存及び乱用の可能性は低く、国際的な薬物条約の規制対象外であることがWHOによって確認されたのです。

一方、CBDオイルやCBDベイプペンなどの大麻草由来のCBD製品は、2018年の第40会期及び第41会期ECDDの「大麻エキス」「大麻チンキ」の枠組みで批判的審査が行われ[7]、国連事務総長へのレター(2019年1月)で次のような勧告が示されました。「CBD製剤:ECDDは、1961年麻薬単一条約のスケジュールIに、「CBDが大部分を占め、Δ9-THCを0.2%以下含む製剤は国際的な統制下としない」という脚注を追加することを勧告した。」

 

CBDに係る国連における投票

上記の大麻及び大麻関連物質のWHO勧告は、2020年3月の第63会期国連麻薬委員会(CND)で投票予定でしたが、参加53カ国の意見の隔たりが大きく、議論が不十分として延期されました。その後、2020年12月に再招集された第63会期CNDによって、大麻及び大麻樹脂を1961年麻薬単一条約のスケジュールⅣ「特に危険で医療用途がない物質」から削除することのみが採択されました(賛成27、反対25、棄権1、日本は反対)。前述のCBD製剤に係る脚注追加を含む他のWHO勧告は、否決もしくは投票にかけられずという結果になりました。

しかし、麻薬単一条約のスケジュールの見直しの科学的根拠となったWHO/ECDDの事前審査報告書と批判的審査報告書は、いずれも科学的根拠に基づいた適正なプロセスを経て作成されたものであり、国際的に価値のある文書と認められています。

 

CBD批判的審査報告書の概要

以上の経緯で公表されたCBD批判的審査報告書に記載されているCBDの特徴を要約すると、次の通りです。

  • CBDは、アサ科の植物に見いだされる天然のカンナビノイドの1つである。自然界ではカンナビジオール酸前駆体から脱炭酸して生成するが、化学合成的に製造することも可能である。
  • CBD が実験室でTHCに変換できるという科学的根拠がいくつかある。しかし、全体として、ヒトにCBD を経口投与後にこの変換が起こるという科学的根拠はない。
  • CBD は、水溶性が低いため、消化管からの吸収が不安定であり、かつ肝臓で広範に代謝されるため、経口投与による生物学的利用能は極めて低いと推定される。
  • CBD はその高い親油性により、速やかに組織・臓器に分布し、特に脂肪組織に優先的に蓄積される可能性がある。
  • CBDはin vitroでCYP酵素を阻害するが、臨床用量(in vivo)での阻害は不明である。
  • CBDのカンナビノイド受容体への結合様式は、精神作用を有するTHCと大きく異なり、それに伴ってCBDはTHCの薬理作用の一部を低下又は拮抗する可能性もある。
  • CBD は、間接的なメカニズムでもカンナビノイド受容体を含むシグナル系と相互作用する。また、カンナビノイド受容体以外の多種多様な受容体とも相互作用するが、臨床効果との因果関係は不明な点が多い。
  • CBD は、THCで典型的に見られる有害事象を示さず、一般的に、良好な安全性プロファイルを有し、忍容性が高い。臨床試験で報告された有害事象には、傾眠、食欲減退、下痢及び疲労が含まれる。
  • 乱用傾向の動物実験モデルにおいてCBDは、条件付け場所嗜好性または脳内自己刺激にほとんど影響を与えず、薬物弁別モデルではTHCと類似した作用を示さない。ヒトにおいても乱用又は依存の可能性を示唆する作用を示さず、その事例報告もない。
  • CBDは、いくつかの臨床試験により、てんかんの効果的な治療法として実証されている。また、他の多くの病状に対しても有用な治療法になり得るという科学的根拠がある。
  • いくつかの国では、医薬品として CBD を受け入れるために国の規制を緩和している。
  • 多くの軽症の慢性症状の治療法として、オンラインで入手可能なオイル、サプリメント、ガム、高濃度抽出物のCBD製品が、公式に承認されないまま医療に使用されている。

本報告書によってCBDは、精神作用を有するTHCとは大きく異なる薬理作用を示し、乱用と依存の可能性が低く、良好な安全性プロフィールと高い忍容性を有することが明らかになりました。また、さまざまな生体分子と相互作用し、多様な作用機序で薬理作用を発揮する可能性も示されました。医療用途については、純粋なCBD医薬品のエピディオレックスが欧米で承認され、難治性てんかんの治療に対する有用性が証明されています。これらの科学的根拠に基づいて前述のWHO勧告が行われ、大麻に係るスケジュールの見直しが実現しました。

 

CBD批判的審査報告書の問題点

一方で、専門家によるピアレビュー(査読)でいくつかの問題点も指摘されています。ご参考までに要点のみを紹介いたします。

  • 身体依存に関する研究が確認できない。
  • 乱用の可能性のない証拠として引用された研究が2件のみである。
  • 治療効果の本体がCBDの代謝物である可能性について考察されていない。
  • THCへの試験室での変換に関する難易度及び収率が不明である。
  • THCの作用の一部を低下又は拮抗する可能性について十分に考察されていない。

 

おわりに

今回のコラムでは、CBD批判的審査報告書の作成の経緯を中心に解説し、報告書の記載内容については全体を要約して紹介しました。次回からは、本報告書を構成する各章の内容に焦点を当てて少し詳しく解説いたします。単に、引用文献の内容説明だけにとどまらないように注意し、関連するトピックスや最新情報を集め、その中から皆様から注目していただけるような情報をお伝えできればと考えております。次回は、「CBDの化学」というテーマです。