カンナビジオールはさまざまな可能性を有するとても魅力的な化合物です。このコラムでは、カンナビジオールの特徴、取り巻く環境、安全性、有用性などについて、科学的な視点から解説し、この化合物に対する理解を深めていただきたいと考えています。また、規制当局の動向や世界保健機関の「カンナビジオール批判的審査報告書」など、さまざまな情報をおりまぜてご紹介いたします。
はじめに
今回のコラムでは、カンナビジオール(CBD)の化学について解説します。
基本的な内容は、世界保健機関(WHO)のCBD批判的審査報告書[1]より引用し、それに関連する追加情報も紹介いたします。
CBDの物性
CBDの化学構造式と物性関連の情報を以下に示します。沸点と分配係数[2]以外は、WHOのCBD批判的審査報告書に記載されているデータです。
![]() CBDの化学構造式 |
CAS登録番号: 13956-29-1 分子式: C21H30O2 分子量: 314.469 融点 : 62~63℃ 沸点 : 463.9℃ 溶解度: エタノール、DMSO中で約23.6 mg/mL (おそらく、水への溶解度は低い) 分配係数注1)(log P):5.84650 |
注1)分配係数(partition coefficient):化合物が水と有機溶媒の2相に溶解した時の平衡溶解度比で、一般に分配係数 P = (有機溶媒相の濃度)/ (水相の濃度) で表される。今回の値は対数表示。値が大きいほど脂溶性が高い(水に溶けにくい)。
CBDは、アサ科の植物に見出される植物性カンナビノイドの一つであり、C21H30O2の分子式を有するテルペンフェノール化合物です。同一の分子式を有するテトラヒドロカンナビノール(THC)とは異なり、精神作用のない有用な生理活性物質と考えられています。
化学構造式に示す通り、2個の不斉炭素を有する光学活性な化合物で、理論的には4種類の光学異性体が存在し、自然界に存在する光学異性体は上の図の (-)-CBDです。自然界に存在しない鏡像体(エナンチオマー)の (+)-CBDは合成されており、(-)-CBDと類似の薬理作用も報告されていますが、現在ではほとんど注目されていません。
物性値で注目すべき点は、分配係数(log P)が約5.8と極めて脂溶性が高いことです。この値だとおそらく水にはほとんど溶けません。水に溶けないと消化管から吸収されにくい注2)ため、経口投与後の体内動態に大きな影響を及ぼすと思われます。医薬品などの経口製剤に適した分配係数log Pは概ね5前後[3]までといわれており、CBD並みの値の場合は、開発の初期段階で経口剤としては難しいと判断されても不思議ではありません。現在、流通しているCBD製品の中にはオイル、チンキ、クリーム、経皮パッチ、チョコなどの非水性の製剤がありますが、いずれも高脂溶性のCBDを油性媒体に均一に溶解・分散させ、吸収速度は小さいながらも吸収を安定化させるための処方と考えられます。
注2)水に溶けないと吸収されにくい:薬物が吸収される腸粘膜表面には厚さ約0.2 mmの流動性の低い非撹拌水層がある。文字通り水層であるため脂溶性の高い薬物ほど透過速度は小さく、吸収の律速段階となる。腸粘膜に到達すると、膜は脂質二重膜で構成されているため、速やかに透過する。
CBDの安定性[4]
CBDの安定性については、難治性てんかんに用いられる純粋なCBD医薬品(THCが0.10%以下)のエピディオレックス(口腔用液体製剤)で検討され、安定性 ICHガイドラインの長期条件と加速条件でいずれも最大12ヶ月間の製剤中CBDの安定性が確認されました。また、光安定性試験においても、問題のないことが確認されました。
CBDの合成
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植物でのCBD及びTHCの生合成
植物におけるCBD及びTHCの生合成経路を図1に示します。CBDとTHCの生合成における共通の出発物質であるカンナビゲロール酸(CBGA)は、オリベトール酸とゲラニル二リン酸を原料として生合成されます。CBGAは、カンナビジオール酸(CBDA)合成酵素及びテトラヒドロカンナビノール酸(THCA)合成酵素により、それぞれCBDA及びTHCAに変換されます。最終段階では、露光、熱又は熟成によってCBDA及びTHCAが脱炭酸され、それぞれCBD及びTHCが生成します。

図1 THC及びCBDの生合成経路
カンナビノイドを含有するアサ科の植物は、遺伝的特性に加えて、生育中の環境条件並びに生産技術によって影響を受け、CBD及びTHCの含有量が変化します。例えば、CBD含有量は、土壌温度と大気温度によって上昇し、降水量によって減少することがあります。また、THCA合成酵素が検出されない植物株の異種交配を繰り返し、THCフリーでCBD含量の多いホップ品種が生産されています。
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CBDの化学合成
CBDを製造する合成経路はいくつか入手可能ですが、最も効率的な経路は、カンナビス(大麻)の父と呼ばれるイスラエルの科学者ラファエル・ミシューラム博士により、1985年に発表された方法であると考えられています。
立体的に構造の決まったテルペンである (+)-trans-p-メンタン-2,8-ジエン-1-オール(CBDのシクロヘキセン部分)とオリベトール(同フェノール部分)との縮合反応を利用した方法です。酸性縮合試薬としてアルミナ上に吸着させた三フッ化ホウ素ジエチルエーテル錯体(BF3・O(C2H5)2)を利用することにより、CBDは主生成物となり、収率も大幅に改善しました。
化学合成で製造されたCBDは、大麻草由来のCBDと比較し、純度が高いこと、品質管理がしやすいこと、供給が安定していることが特徴です。また、大麻草を使用していないので、大麻取締法に該当しません。ただし、価格が3~5倍高いこと、効果や安全性に関する検証が少ないこと、化学合成に対して心理的に不安を感じる消費者が少なくないこと、などが懸念点となります。
THCへの変換
CBDが1971年の国連向精神薬条約でスケジュールⅠ物質「乱用が深刻、医療価値がない」であるTHCにin vitroで変換され得るといういくつかの証拠があり、2つの主な方法が報告されています。
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実験室での変換
実験条件下では、いくつかの酸の溶液中でCBDを加熱すると、CBD分子内の環化が触媒され、THCが生じることが実証されています。収量や純度が不明の報告が多い中、酸としてBF3・O(C2H5)2を添加する方法を用い、THCの最終収率57%、純度98.7%の成績が得られている特許が公開されています。
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人工胃液中での変換
酸性条件下、ヒト消化管内でCBDがTHCへ変換する可能性を示唆する報告もあります。人工胃液を用いた2件のin vitro試験でTHCの生成が認められています。いずれも消化酵素を含まないpH 1.2の人工胃液中、37℃でCBDをインキュベーションした結果、一方の試験では20時間後に2.9%、もう一方の試験では3時間後に約25%のCBDがTHCに変換しています。類似の反応条件にもかかわらず、反応速度に大きな相違があることに対して疑問を呈する研究者もいますが、THCの生成は事実と考えられます。
しかしながら、これらの試験管内での現象に基づいて、CBDからTHCへの変換が生体内で自然発生的に生じると結論することはできません。実験動物及びヒトにCBDを経口投与した複数の試験において、投与後の血漿中に(ミニブタでは胃液中にも)THC及びTHC代謝物は検出されていません。また、高用量のCBDを経口投与した臨床試験では、THC様作用(例えば、運動障害、心拍数の増加・頻脈、口渇など)を引き起こさないか、もしくはTHCとは逆の作用を示すことが報告されています。したがって、全体として、ヒトにCBDを経口投与後において、体内でTHCへの変換が生じているという証拠はないと結論されています。